ひとくち法話153~ ―聖人のおことば―
第153話 愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり
(ぐとくがしんは、うちはぐにしてそとはけんなり)
表題のおことばは、親鸞聖人(しんらんしょうにん)がその著書『愚禿鈔(ぐとくしょう)』の上下それぞれの冒頭で述べておられるもので、愚禿(ぐとく)とは、聖人ご自称のお名前であります。平生(へいぜい)私たちは、名号(みょうごう)〔南無阿弥陀佛(なもあみだぶつ)〕のいわれを聞かせていただきますが、「聞く」ということは、名号のいわれを聞いて疑う心のないことをいい、それがすなわち信心であると聖人はお示しになっています。
ところが、私たちはなかなか「聞く」ことができません。それは、自分の知識や体験から得た力に執着しているからです。ときとして自分の愚かな執着心を垣間見ることはあっても、あえて眼(まなこ)を閉じて自分の本当の姿を認めようとしないのであります。口では「私は愚者(おろかもの)です。」と言いながら、心の中では「自分のほうが賢い。」と思っていて、「内は愚(ぐ)」であることに気付いていないのであります。
自分を真摯(しんし)に省(かえり)みて、貪りや怒りの心に満ち、名誉や地位に執着している自分の内なる愚かさを自覚したとき、名号のいわれを自然に聞き届けることができるのであります。
聖人は、「内は愚にして外は賢なり。」と厳しく自己の姿を見つめて、愚かさ非力さを自覚され、自分のこころの様を「恥ずべし痛むべし」と告白し慚愧(ざんぎ)されているのです。そのおこころが、『正像末法和讃(しょうぞうまっぽうわさん)〔愚禿悲歎述懐(ぐとくひたんじゅっかい)〕』にも次のように詠(よ)まれています。
(ご和讃)
外儀(げぎ)のすがたはひとごとに
賢善精進(げんぜんしょうじん)現ぜしむ
貧瞋邪偽(とんじんじゃぎ)おおきゆえ
奸詐(かんさ)ももはしみにみてり
(意訳)
人は誰でも 外向きの姿は
賢こぶり善人ぶって精進らしく見せているが
内心は貪り・怒り・偽りに満ちていて
人を欺(あざ)きだましてばかりいる
ひとくち法話No153 ―聖人のおことば1― より
第154話 凡夫はすなわちわれらなり(ぼんぶはすなわちわれらなり)
これは、親鸞聖人(しんらんしょうにん)著の『一念多念証文(いちねんたねんしょうもん)』の中に書かれている言葉です。いいかえれば、「凡夫は、私のことです」とのべられているところです。では、「凡夫」とは、どういう意味でしょう。私たちは、”普通一般の人々”というくらいの感覚で使っていますが、聖人はちがいました。「凡夫は、私のことです」といって、自分自身のこころを、しかもほとけさまの光に照らし出された正真正銘(しょうしんしょうめい)のこころを、包みかくさず、あるがままにお示しくださって、次のようにのべられました。「凡夫」というは、無明煩悩(むみょうぼんのう)われらが身にみちみちて、欲もおおく、
いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおくひまなくして、臨終(りんじゅう)の一念(いちねん)にいたるまで、
とどまらず、きえず、たえずと、水火二河(すいかにが)のたとえにあらわれたり。
私たち真宗念佛者は、仏縁に遇(あ)うたびに「煩悩具足(ぼんのうぐそく)の凡夫」、「罪悪生死(ざいあくしょうじ)の凡夫」などと教えられて育ってきました。それなのに、人ごとのように聞いて、これが自分のこころの本性であることに気付かず、うぬぼれいっぱいのこころで生きてきました。
聖人は、阿弥陀仏の願いが、このような私をお目当てにして、浄土へ迎えようと約束されていることを説き明かされ、自らも安心して、自分のこころのすべてを仏前に告白されたのが『愚禿悲歎述懐和讃(ぐとくひたんじゅっかいわさん)』です。私たちは、この聖人のおこころを深く味わうべきであります。
(和讃)
蛇蝎奸妰(じゃかつかんさ)のこころにて
自力の修善はかなうまじ
如来の廻向(えこう)をたのまでは
無慚無愧(むざんむぎ)にてはてぞせむ
(意訳)
へび・さそりのような雑毒心(ぞうどくしん)で
修業しても無駄なこと
ほとけのみなをきくほかに
お浄土行(じょうどゆき)の道はない
ひとくち法話No154 ―聖人のおことば2― より
第155話 生死の苦海ほとりなし(しょうじのくかいほとりなし)
生死の苦海ほとりなし ひさしくしずめるわれらをば弥陀の悲願のふねのみぞ のせてかならずわたしける
『浄土高僧和讃 龍樹菩薩(じょうどこうそうわさん りゅうじゅぼさつ) 第七首』
親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、人生を「生死の苦海」と言われます。苦しみや悩みが絶えない海であり、「難度海(なんどかい)」とも言われます。その苦海に「ひさしくしずめる」私たちは、目の前に浮かぶお金や財産、また家庭、会社、地位、健康、愛情といった丸太や板切れを次から次へ見つけ出しそれにすがって浮き沈みしているのでしょう。しかし、すがってしばらくの間は安心できても、やがて新たな波が来れば投げ出され、海中でもがき苦しむことになります。そして、より大きな丸太や板切れを求めてすがりつくことになります。この繰り返しが人生の姿なのです。この生死の苦海に沈んでいる私達を救って下さるものは、その様な私達を救わずにはおれないという阿弥陀如来の願いだけです。阿弥陀如来は、われを信じ、わが名を称えるものをかならず往生させると誓われ、その誓いを成就(じょうじゅ)されました。
この阿弥陀如来のはたらきという舟に身をまかせていくことしか苦海をわたることができません。煩悩にまみれ、いかなる行(ぎょう)も修(しゅう)しがたい私達は、ただ一心に仏のお誓いを信じて生きていくことが生死出(しょうじい)ずべき道なのであります。
人間はどうして苦しむのか、原因をつきとめれば、こうでなければならないという我執(がしゅう)があるからで、そのことに目覚め、苦悩を乗り越える力を与えられるのが真宗の救いなのです。
ひとくち法話No155 ―聖人のおことば3― より
第156話 雑行を棄てて 本願に帰す(ぞうぎょうをすてて ほんがんにきす)
これは、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の主著(しゅちょ)である『教行証文類(きょうぎょうしょうもんるい)』の終わりの部分に述べられている言葉です。「雑行(ぞうぎょう)」とは、阿弥陀仏の浄土に生まれたいと願いながら、阿弥陀仏以外の諸仏を礼拝したり、その名を唱え、讃歎(さんだん)するなど、自分のはからいにより、いろいろ修業することです。
聖人も比叡山で20年間苦しい修業を重ねられました。その結果得られたものは、煩悩(ぼんのう)にさいなまれ、さとることのできない凡夫(ぼんぶ)のわが身の発見でありました。そして、これまでの修業が、雑行にほかならなかったという認識でありました。
そこで、聖人は、末法濁世(まっぽうじょくせ)に生きる凡夫にとって救われる道は「本願に帰す」ことだとさとられました。「本願に帰す」とは、弥陀のすべての人々を救おうとする願いを信じるということであります。弥陀の願いを信じて、ただ念仏することによって、浄土への道が開かれてくるというのであります。
そういうことで、「自分のはからいによるいろいろな修業をさしおいて、凡夫を救わずにはおけないという弥陀の願いを信じる身となります」と告白されたのでありました。
弥陀の本願信ずべし 本願信ずる人はみな(みだのほんがんしんずべし ほんがんしんずるひとはみな)
摂取不捨の利益にて 無上覚をばさとるなり(せっしゅふしゃのりやくにて むじょうかくをばさとるなり)
『正像末法和讃(しょうぞうまっぽうわさん)』
ひとくち法話No156 ―聖人のおことば4― より
第157話 本願力にあいぬればむなしくすぐる人ぞなき
(ほんがんりきにあいぬれば むなしすぐるひとぞなき)
親鸞聖人(しんらんしょうにん)は天親菩薩(てんじんぼさつ)のご和讃の中で本願力にあいぬれば むなしすぐる人ぞなき
功徳(くどく)の宝海(ほうかい)みちみちて 煩悩(ぼんのう)の濁水(じょくしい)へだてなし
と讃えられておられます。
おおよその意味は、阿弥陀さまのご本願に遇われた人は、むなしい時間を過ごすことはありません。なぜならば、お念仏を称(とな)える人には、阿弥陀さまのおはたらきが満ちているからという内容です。
本願力に遇うということは、私が遇おうと思わなかったのに、阿弥陀さまの方から出遇って下さったということです。私は思いもかけず遇えたと思っていますが、決してそうではなく、阿弥陀さまはなんとかしてつかまえようと思いつめて下さっているのです。しかも、私が生まれるはるか昔からなんとかして救おうとはたらき続けて下さっておられるのです。
これについて念仏者、浅原才市(あさはらさいち)さんは「私は、どう考えてみても自分に腑(ふ)に落ちないことが一つだけある。何が腑に落ちないかと言うと、お念仏に出遇ったということだ」と喜んで言われるのです。
そして、本願力に遇えたことの不思議さを生き生きとした感覚で語っておられます。「私はお念仏に当ててもらった」「本願力に出遇ったら、もう私には思い残すことは何もない。阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされているのだから。どんな人生でもお念仏で完結です。この人生は本当にありがたい人生であった。仏さまの永遠の命の中に生かされた一生であった。」と語っておられます。
ひとくち法話No157 ―聖人のおことば5― より
第158話 モノノニクルヲオワエトルナリ(ものの逃ぐるを追わえとるなり)
聖人は、『浄土和讃(じょうどわさん)〔弥陀経意(みだきょうい)〕』の最初に十方微塵世界(じっぽうみじんせかい)の 念佛の衆生(しゅじょう)をみそなわし
摂取(せっしゅ)して捨てざれば 阿弥陀となづけたてまつる
と詠まれて、お念佛もうす人をおさめとって捨てない摂取不捨(せっしゅふしゃ)という阿弥陀様の具体的なはたらきを讃歎(さんだん)されました。聖人はさらに、この和讃の中の「摂取(せっしゅ)」の左側に、「オサメトル ヒトタヒトリテナカクステヌナリ セフハモノノニクルヲオワエトルナリ・・・」〔おさめとる ひと度とりて長く捨てぬなり 摂(せふ)はものの逃ぐるを追わえ取るなり・・・〕と小さく記(しる)され(左訓)、「摂取」の意味を明らかにお示しくださいました。
阿弥陀様の摂取不捨のはたらきは、お念佛を悦ぶ人をひとたび救いとられたら決してお捨てになることがないばかりか、真実に背を向けて苦海(くかい)をさまよい、なお自分に執着して仏縁から遠ざかる者をこそ追わえ取って救わずにはいられないとはたらき続けていてくださるのです。それは、あたかも母の手を振りほどいて、あらぬ方向に走り出す我が子を懸命に追わえて引き留め、しっかりと抱き取る母の如くであります。そして、その母こそまさしく阿弥陀様であり、その子こそ紛れもない私そのものであります。
標題の「モノノニクルヲオワエトルナリ」とのお言葉は、阿弥陀様があらゆる世界の念佛もうす人々をご覧になるとき、その人々は勿論、お念佛を疑い仏縁から逃げる者も当然ご覧になられて、その者をも追わえ取り、ひとり残らずおさめとって捨てないという摂取不捨の大いなるはたらきをお教えくださったものであります。
ひとくち法話No158 ―聖人のおことば6― より
第159話 まづ善信(親鸞)が身には 臨終の善悪をば申さず
〔まづぜんしん(しんらん)がみには りんじゅうのぜんあくをばもうさず〕
臨終(りんじゅう)とは、いままさに、いのち終ろうとする時です。死に際を「臨終」といいます。この臨終の善・悪とは、どんなことをいうのでしょう。普通世間で話し合っている善い臨終とは「苦しまずに息絶える」ことでしょう。悪い臨終とは、「思わぬ事故や、難病に罹(かか)り長期に亘(わた)っての苦しみの末に亡くなる」ことをいうのでしょう。これらは、いずれも他人さまの臨終の様子を聞いて、善い往生やった。気の毒な往生やったなどと話題にする時の言い方であります。
しかし聖人のおっしゃられる「臨終の善悪をば申さず」は、教えの内容が違うのです。真宗では、本願を信じ念仏申す一念で、必ず浄土に往生することが定まるのだから、「臨終待つことなし、来迎(らいごう)たのむことなし。信心定まるとき、往生また定まるなり」と教えて下さっています。すなわち、真宗念仏者の往生は、臨終を待っての往生や、来迎をたのんでの往生ではないのです。もっといいかえれば、臨終のさまの善し悪しを問題にしたり、来迎のあるなしを問題にする往生ではないということです。
そこで聖人は、この往生のちがいをはっきり区別しておくために、「まず善信(ぜんしん)〔親鸞聖人(しんらんしょうにん)自身のお名前〕が身には」と、自らのお名前を出して、信心(往生)が定まっている私としては、いまさら臨終の善悪を申すまでもないと表白(ひょうびゃく)されたのでありました。
ひとくち法話No159 ―聖人のおことば7― より
第160話 如来大悲の恩徳は身を粉にしても報ずべし
(にょらいだいひのおんどくはみをこにしてもほうずべし)
如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし(にょらいだいひのおんどくは みをこにしてもほうずべし)師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし(ししゅちしきのおんどくも ほねをくだきてもしゃすべし)
『正像末法和讃(しょうぞうまっぽうわさん)』第五十八首
このご和讃(わさん)は恩徳讃(おんどくさん)ともいわれ親しみ深いおことばです。阿弥陀如来は、計れぬ程の永い時間をかけて思いをめぐらせ、この世の迷いの中に苦しむ人々を救おうと深甚(じんじん)な願いを建て、この願いが成就(じょうじゅ)しなければ私は仏にならないと誓われました。この誓いを弥陀の本願といいます。汚れた心を持った者でもそのまま救おうと、阿弥陀如来の方から手をさしのべ私の名を呼べとお念仏を与えてくださいました。これが如来の大悲で、このご恩は尽くしても尽くしきれないものであります。
師主とはお釈迦様のことです。お釈迦様がこの世に出られたのは、阿弥陀如来の大悲のお心を人々に説くためでありました。知識とは、印度(いんど)、中国、日本へと永い歳月を経て阿弥陀如来のお心を伝えて下さった7人の高僧(こうそう)方であり、そのおかげで、今日の私たちに尊いお念仏がとどけられたのであります。親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、このご恩は骨を砕いても感謝し尽くせないといわれています。
この様な尊いみ教えに生かされ、救われていくということは何と有り難いことでありましょうか。
このみ教えを信じ、お念仏の日々を送らせていただくことが、まことの報恩感謝の心であることをお示し下さったものであります。
ひとくち法話No160 ―聖人のおことば8― より
第161話 僧に非ず俗に非ず(そうにあらずぞくにあらず)
これは、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の主著である『教行証文類(きょうぎょうしょうもんるい)』の終わりの部分に述べられている言葉です。「僧に非ず俗に非ず」という相矛盾(あいむじゅん)するような述べ方ですが、そこに聖人の強い気持ちが表現されています。
聖人は「承元の法難(じょうげんのほうなん)」(承元元年・1207)で越後(えちご)へ流罪(るざい)となったことに関して「・・・門徒数輩(もんとすはい)、罪科を考えず猥(みだ)りがわしく死罪に坐(つみ)す。あるいは僧儀(そうぎ)を改めて姓名(しょうみょう)を賜(たも)うて遠流(おんる)に処す。予はその一なり。しかればすでに僧に非ず俗に非ず。・・・」と述べられています。
無実の罪にもかかわらず、朝廷の怒りをかい、僧として公認されていた僧籍(そうせき)をはく奪され、藤井善信(ふじいよしざね)という俗名を与えられて流罪に処せられました。それで、もはや「国家によって公認された僧侶ではない」と一方的な弾圧に対する批判をこめたような強い言い方になっています。だから、俗に非ず(世俗の生活に終始するような俗人でもない)というのです。普通に読めば、僧でなければ、俗人であるはずです。僧でなくても、俗人でもないということはありません。
つまり、「僧に非ず俗に非ず」ということは、凡夫に広く救いの道を明らかにするという仏道を貫くために、僧俗という立場をのり超えた人間親鸞の仏者(ぶっしゃ)としてのきびしい姿勢がうかがえるのです。
ひとくち法話No161 ―聖人のおことば9― より
第162話 摂取不捨の利益(せっしゅふしゃのりやく)
弥陀の本願信ずべし 本願信ずる人はみな (みだのほんがんしんずべし ほんがんしんずるひとはみな)摂取不捨の利益にて 無上覚をばさとるなり (せっしゅふしゃのりやくにて むじょうかくをばさとるなり)
このご和讃は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)が85歳の時、夢のお告げによって書きつけたところから「夢告讃(むこくさん)」と言われています。和讃の大意は「あなた方よ、弥陀の誓願を信じなさい。信ずる者は皆『必ず浄土に往生させます』と言うご利益を得て、さとりの位につかせていただくのである」ということです。
『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』に阿弥陀さまの光明は、あまねく十方世界(じっぽうせかい)を照らし、念仏の衆生を摂取して、捨てたまわずとあります。それが阿弥陀さまの本願他力のはたらきであると聖人は味わっておられます。他力とは本願を信じ、念仏を申す者を、大悲の光明の中に摂(おさ)め取って、決して捨てたもうことなく、浄土へ迎えて下さる阿弥陀さまのおはたらきを言うのです。
私達が、本願を信じ念仏を申すことは、阿弥陀さまが私達の内面にまではたらいてくださって、呼び覚まし、新しい生き方を与えて下さった姿であるのです。
親鸞聖人は、阿弥陀さまこそ真実であるとお示しくださいました。
ひとくち法話No162 ―聖人のおことば10― より
第163話 恥づべし傷むべし(はづべしいたむべし)
平成23年が静かに幕を開けました。親鸞聖人の750回遠忌報恩大法会もあと1年と少々になり、「聖人のみもとに帰ろう」の標語が日1日とその重みを増して迫ってまいります。標題のお言葉は、親鸞聖人が主著『教行証文類(きょうぎょうしょうもんるい)』のなかで、ご自身の本当のこころの内を自省なさって、ご自分を深く慚愧(ざんぎ)なさったお言葉であります。その部分を意訳すると次のとおりであります。
「まことに知ることができました。悲しいことにこの私〔愚禿親鸞(ぐとくしんらん)〕は、むさぼりのはてしない海におぼれ、地位や名誉や財産の深い山をさまよって、不退のくらいを得て必ず佛(ほとけ)になるべき身と定まることを嬉しいとも思わず、真実のさとりに近づくことをも楽しいと思わない、まことに恥ずかしく嘆かわしいことであります(恥づべし傷むべし)。」
聖人にして海におぼれ山に迷うと仰せなら、この私の有り様は、今すでにおぼれ迷っている自分であることにさえ全く気付いていないのであります。
例えば、この私の姿はデパートのオモチャ売り場で、自分が迷子になっていることにも気付かず、またお母さんの呼び声にも気付かず、1人でオモチャに夢中になっている幼子の姿と全く同じであります。この子が無事お母さんの胸に抱かれるためには、自分が迷っていることに気付いてお母さんの名を呼び、自分を呼んでくださるお母さんの呼び声を聞き届けることであります。私たちにとって、この場合のお母さんは阿弥陀様でその呼び声は南無阿弥陀佛のお名号であり、またその南無阿弥陀佛は私の阿弥陀様に対する返事のお念仏でもあるのです。
今年も私を名指しで呼んでくださる呼び声を聞いて、南無阿弥陀佛とお返事させていただける安らかな日々を送りたいものであります。
ひとくち法話No163 ―聖人のおことば11― より
第164話 信心ありとも、名号を称えざらんは詮なく候
(しんじんありとも、みょうごうをとなえざらんはせんなくそうろう)
この文言は、信心と念仏についての弟子からの質問に、聖人が答えられたお便りの一節です。「たとい信心があるからといっても、み名を称えなければなんの甲斐(かい)もありません」とのべられているところです。どの宗教も信心とか信仰心を説きます。そして熱心な人を「信心深い人」とか「信仰心の篤い人」などといいます。この場合の深い、篤いという判定は誰がするのでしょう。神・仏からの声はないから、信者自身が勝手に自分の努力や結果を評価して、あるとかないとか、深いとか篤いとかというのでしょうか。または他人からのうわさを聞いて本人がそのように思い込むのでしょうか。このような信仰を自力の信心と言います。
さて、聖人がお返事の中で「信心ありとも」と申されている対象の方が誰であるかは判然としませんが、聖人はその方に「真宗は他力の教えです。弥陀大悲の誓願を深く信ぜん人はみな、ねてもさめてもへだてなく南無阿弥陀仏と称うべし」と教えて下さっているのです。だから、たとえ信心があるからといっても、自然にお念仏がでてこないような信心は、自力の信心と同じで何の甲斐もありません、とのべられたのです。
そして聖人はこの文言に続いて「また一向名号を称うとも、信心あさくば往生しがたく候(そうろう)」とさとされ、どこまでも真宗の他力信心は、称名(しょうみょう)とワンセットであることを強調しておられるところです。
お互いに自分の信心を吟味(ぎんみ)する時の大事な要素でありましょう。
ひとくち法話No164 ―聖人のおことば12― より
第165話 如来の廻向をたのまでは 無慚無愧にてはてぞせむ
(にょうらいのえこうをたのまでは むざんむぎにてはてぞせむ)
自力で人生を生きぬいていこうと考えていた頃を振り返ってみると、われこそは、人となりの知識を深め、善行(ぜんぎょう)につとめ、人格を高めていこう。仕事には精一杯努力して、まじめに生きていこう。そして身・口・意(しん・く・い)の三業(さんごう)にも気をつけていけば、いつかは心に仏種(ほとけだね)が芽生えてくるにちがいない。などと大まじめに決意したものでありました。そんな時は自分ながらひそかに、こんな心意気(こころいき)を自画自賛(じがじさん)して、優越感(ゆうえつかん)をもったものでした。
その私が、このような自力のとりくみに行き詰ってしまい、ほとけ(阿弥陀仏)の光に照らされてみたら、今までの心意気や自負心(じふしん)はどこへやら、自分の心でありながら自己中心のなんとはずかしい根深い心であることかと驚くばかりでありました。その心とは、「無明煩悩(むみょうぼんのう)われらが身にみちみちて、欲も多く、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおくひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、絶えず」という煩悩具足の凡夫そのものだったのです。
だから、どれほど自力の道に精進しても、煩悩にまなこさえられて修善(しゅぜん)は雑毒(ぞうどく)の善となり、修行は虚仮(こけ)の行と化すばかりでした。
もうこの上は、私のすくいは本願を信じ念仏申すという真宗他力の教えによるほかないと知るのでありました。
蛇蝎奸妰のこころにて 自力の修善はかなうまじ(じゃかつかんさのこころにて じりきのしゅぜんはかなうまじ)
如来の廻向をたのまでは 無慚無愧にてはてぞせむ(にょらいのえこうをたのまでは むざんむぎにてはてぞせむ)
『正像末法和讃(しょうぞうまっぽうわさん)愚禿悲歎述懐(ぐとくひたんじゅっかい)第六首』
ひとくち法話No165 ―聖人のおことば13― より
第166話 愚禿釋親鸞(ぐとくしゃくしんらん)
親鸞聖人(しんらんしょうにん)には、いろいろのお名前があります。幼い時のお名まえから順にあげていきますと「松若丸(まつわかまる)」、出家して「範宴(はんねん)」、法然上人(ほうねんしょうにん)の門下に入って「綽空(しゃっくう)」、承元(じょうげん)の法難(ほうなん)の時につけられた罪名(ざいめい)〔俗名(ぞくみょう)〕を「藤井善信(ふじいよしざね)」、非僧非俗(ひそうひぞく)を宣言して「愚禿釋親鸞(ぐとくしゃくしんらん)」と名のられました。そして「親鸞(しんらん)」「善信(ぜんしん)」と呼ばれることもありました。
聖人が29歳の時、専修念仏の停止(ちょうじ)という院宣(いんぜん)がくだされ、僧籍をはく奪され、「藤井善信」という俗名を罪名としてつけられました。赦免(しゃめん)されたのち、聖人はもはや、「僧に非(あら)ず、俗に非ず」と宣言して、自ら「愚禿釋親鸞」と名のられました。
「愚」とは「おろか」ということですが、仏の光に照らし出され自己の愚かさに気づかされるということです。「禿」とは「禿(は)げ」という意味ではありません。六角堂の夢告により法然上人と出遇われたのちは、お念仏以外のもろもろの修行を棄てさったということを表しています。「釋」はお釈迦さまの弟子〔仏弟子(ぶつでし)〕、そして「親鸞」とは七高僧(しちこうそう)のうちの天親菩薩(てんじんぼさつ)と曇鸞和尚(どんらんかしょう)から一文字づついただかれたお名前です。
国家から任命された、上流階級のための僧侶ではなく、お念仏以外のもろもろの修行を棄てて本願に帰す身となって、広く一般民衆に開かれた真の念仏者でありたいという強い決意にあふれたお名前なのです。
ひとくち法話No166 ―聖人のおことば14― より
第167話 南無の言は帰命なり(なものごんはきみょうなり)
ある遊園地で母親が、迷ってしまった我が子の名を呼び続けています。その子は、迷子になっているとも知らずあちらこちらと楽しく歩き回っているうちに、ふと自分が迷子になったことに気付いて「お母ちゃん!」と母を呼びます。そのとき、それまでは聞くことができなかった母親の不安気(ふあんげ)な呼び声が一段と大きくなって安心の呼び声となり、親子が名を呼び合いながら、子は母の胸に飛び込んですべてを母に任せるのです。このときの子の姿は、まさに阿弥陀様にすべてをゆだねた私の姿なのであります。「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」、これは私たちが日常称えるお念仏であります。
親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、このお念仏について「南無の言は帰命なり」と仰せになり、「帰命というのは、必ず汝(なんじ)を救い摂(と)るぞと私を呼び続けてくださる阿弥陀様の呼び声を聞いて、そのお心にしたがって自分のはからいを捨ててすべてを阿弥陀様のおはからいに任せることである。」と示されました。
ところが私たちは、自分の地位や名誉や学識などに執着(しゅうじゃく)して、なかなか自己のはからいを捨てることが出来ずにさまよい続けているのです。
このような私たちは、仏法を聞き、お念仏を糧(かて)とした日々を送ることで徐々に執着を離れ、やがて、罪悪深重(ざいあくじんじゅう)の自分でありながらとっくから阿弥陀様の願いの中に生かされていたことに気付かされるのです。それにつれて、称えるお念仏がだんだんとこころの深いところからわき上がる喜びの南無阿弥陀佛となり、いよいよ、聞こえた!阿弥陀さんの呼び声が聞こえた!と踊躍(ゆやく)し、遇えた!遇えた!阿弥陀さんに遇えた!と歓喜(かんぎ)のお念仏へと深められてゆくのです。
十方諸有の衆生は 阿弥陀至徳のみなをきき (じっぽうしょうのしゅじょうは あみだしとくのみなをきき)
真実信心いたりなば おほきの所聞を慶喜せん (しんじつしんじんいたりなば おほきにしょもんをきょうきせん )
『浄土和讃(じょうどわさん)〔讃阿弥陀仏偈和讃(さんあみだぶつげわさん)〕第二十三首目』
ひとくち法話No167 ―聖人のおことば15― より
第168話 弥陀ノ本願信ズベシ(みだのほんがんしんずべし)
このことばは、有名な夢告和讃(むこくわさん)のはじめの句です。「阿弥陀仏の本願を信ぜよ」という命令調の力強いことばとして、私どもに迫ってきます。このことばに続いて「本願信ズルヒトハミナ 摂取不捨(せっしゅふしゃ)ノ利益(りやく)ニテ 無上覚(むじょうかく)ヲバサトルナリ」〔「本願を信ずる人は皆ことごとく救いとって捨て給(たま)わぬ弥陀の誓願(せいがん)の功徳(くどく)によって、この上ないさとりを得(う)るのである」法主殿著『註解国宝三帖和讃(ちゅうかいこくほうさんじょうわさん)』より〕ということばのある和讃です。
この和讃には、はじめとおわりに詞書(ことばが)きがつけられています。はじめには、康元(こうげん)2年(1257)2月9日の午前4時ごろ、夢のお告げにより感得(かんとく)されたということばがあります。そして、おわりには、夢の中でお言葉を賜(たまわ)って、うれしさのあまり書きとめ申しあげたと述べられています。さらに、聖人85歳の時にこれを書いたと記されています。
この「夢のお告げにより」ということと「85歳の時にこれを書いた」ということには、たいへん意味深いものがあります。「夢のお告げ」は、これまで何度も経験されていますが、単なる夢見心地(ゆめみごこち)ではなく深い瞑想(めいそう)から生まれてくる三昧(さんまい)の境地(きょうち)であります。また「85歳」は、長男善鸞(ぜんらん)を義絶(ぎぜつ)した直後の年であり、わが息子を義絶してまで真実を貫こうとしたなみなみならぬ決意がその背景にあるのです。
まさに、本願念仏の真実が述べられている深い重みのあることばであることがわかります。
ひとくち法話No168 ―聖人のおことば16― より
第169話 真実の信心は必ず名号を具す(しんじつのしんじんはかならずみょうごうをぐす)
標題のお言葉は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)が『教行証文類(きょうぎょうしょうもんるい)』のなかで述べられているもので、本当の信心には必ず名号(みょうごう)〔称名念佛(しょうみょうねんぶつ)〕が具わっていると示されたお言葉であります。その意味は、真実の信心とは、本願(ほんがん)〔南無阿弥陀佛(なもあみだぶつ)〕のいわれを聞き届けて疑うこころがないことであり、その信心をいただいた人の口には自然と報恩感謝(ほうおんかんしゃ)のお念仏がこぼれるというものであります。
例えば、卒業以来会ったことがなかったあなたの旧友が、あるときひょっこりと海外旅行の土産話と好物の土産物を届けにきてくれました。その彼は、学生時代にはお互いに心から信頼し合っていた無二の親友であります。彼は、ひとしきりの土産話の中で、「素晴らしい景色を眺めるたびに君を思い出し、今度は是非君と来ようと思った。」と言って大好物の土産物をくれました。その時あなたは、彼がこんなに自分のことを気に掛けていてくれたことの嬉しさに、思わず知らず有難う有難うと何度も繰り返すことでしょう。そしてもう一つ大事なことは、その嬉しさと感謝の気持ちがあらわれる裏には、長い間彼のことを思い出すこともなかった自分の姿に気付かされ、その姿を恥じ懺悔(さんげ)するこころが無意識のうちにも働いているということであります。
この場合の旧友は阿弥陀様で、そのはたらきがあなたに届いたときあなたには真実の信心が決定(けつじょう)し、沸き上がる喜びと感謝の思いがお念仏となって思わず口からこぼれ出るのであります。
聖人は、このことを御書(ごしょ)の中で「信(しん)をはなれたる行(お念仏)もなし行(ぎょう)の一念をはなれたる信の一念もなし。」とも、「信心ありとも名号をとなえざらんは詮(せん)なく候(そうろう)」とも述べられて、真実の信心は必ずお念仏と一体であることをお示しくださったのであります。
ひとくち法話No169 ―聖人のおことば17― より
第170話 薬あり 毒を好めと候うらんことは あるべくも候わず
(くすりあり どくをこのめとそうろうらんことは あるべくもそうらわず)
聖人(しょうにん)が京都へ帰られたのち、関東から聖人のもとへ色々な便りが届きました。そのお返事を読むと、弟子の中には、次のような理由を掲(かか)げて、真宗の教えを曲げて人々に宣伝していることがわかります。一、この世では、みな自分の都合のよいように、ほとけの教えまでいいかえて、自分も迷い人をも惑わして、不安がっている者がいます。
二、ほとけの教えをまともに聞かず、自分の考えこそ正しいと人々に言い触(ふ)らして、念仏者を批判する者がいます。
三、弥陀のお誓いを聞き始めた頃は、無明(むみょう)の酒に酔って、貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・愚痴(ぐち)の三毒(さんどく)の煩悩(ぼんのう)に生きる自分に目覚めるのだが、臨終の一念にいたるまで煩悩はわが身から消えないことが知れてくると、急に求道心(ぐどうしん)にブレーキがかかって、ここまでわかればもう十分だ。このような私たちを救わねばと誓われたのが、阿弥陀仏(あみだぶつ)の他力の教えであると聞いている。もうこれで助かっている。この上は、心のままに身を許し、口にも言ってはならないことを許し、心にも思ってならないことを許してよいと申し合っている者がいます。
これらは大変不憫(ふびん)なことです、と聖人は申され『浄土論(じょうどろん)』に「このような人は、仏法(ぶっぽう)を信ずる心がないから、こうした心をおこすのです。ここに薬があります。さあ、毒を好きになりなさい。というようなことは、とんでもないことです。」となげかれました。
『親鸞聖人 御消息(しんらんしょうにん ごしょうそく)』
ひとくち法話No170 ―聖人のおことば18― より
第171話 賢者の信は、内は賢にして外は愚なり
(けんじゃのしんは、うちはけんにしてそとはぐなり)
このことばは、親鸞聖人(しんらんしょうにん)がその著書『愚禿鈔(ぐとくしょう)』の冒頭に述べられているものです。法然上人(ほうねんしょうにん)などの賢者は内心に深く仏法を信じ、外に賢者善人らしい相を表わされないという意味です。このことばのあとに「愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり(ぐとくがしんは、うちはぐにしてそとはけんなり)」という対句的表現(ついくてきひょうげん)として述べられています。「愚禿」とは、僧でありながら、その戒律(かいりつ)も守れないおろか者という意味で、聖人みずからがえらばれた名のりであります。くわしくは『教行証文類(きょうぎょうしょうもんるい)』の後序の部分に述べられています。
その句の意味は、そのような愚か者の心(しん)は、智者ぶって、賢者のすがたを外にあらわし、名誉や利益のためにうきみをやつしているということです。
これらのことばは、聖人の深い自己反省から生まれたもので、罪悪深重(ざいあくじんじゅう)の凡夫(ぼんぶ)としての自覚が強くにじみ出ています。
そのおこころが『正像末法和讃(しょうぞうまっぽうわさん)』に、次のように詠まれています。
是非しらず邪正もわからぬ (ぜひしらずじゃしょうもわからぬ)
このみなり
小慈小悲もなけれども (しょうじひょうひもなけれども)
名利に人師をこのむなり (みょうりににんしをこのむなり)
《口語訳》
物事の是非も知らず、邪・正の判断もできない私です。人間としての小さな慈悲さえも持っていないこのような身ですのに、世間から名誉や利益のために人の先生と呼ばれることを好んでいるこの私なのです。
ひとくち法話No171 ―聖人のおことば19― より
第172話 「信心」というは すなわち本願力廻向の信心なり
(「しんじん」というのは すなわちたりきえこうのしんじんなり)
聖人が京都東山吉水の法然上人(ほうねんしょうにん)のもとで勉学中のあるとき、「師法然上人のご信心と私の信心はいささかもかわりありません。」と申されると、先輩のお弟子さんたちが、お師匠さんとわれわれ弟子の信心が同じとは大変恐れ多いことであると、口々に聖人を咎(とが)められました。そこで聖人が、「お師匠さんの信心も私の信心も阿弥陀様から給(たま)わった他力の信心ゆえ、何らかわりはありません。」と言われると、それを聞いておられた法然上人は、「他力の信心に深い浅いなどの違いはなく、みな同じである。」と他のお弟子さんを諭(さと)されました。この出来事は『信心同異の諍論(しんじんどういのじょうろん)』として伝えられているものであります。標題の「信心というは、すなわち本願力廻向の信心なり。」というお言葉は、聖人がその主著である『教行証文類(きょうぎょうしょうもんるい)』のなかに示されたもので、そのお意は、阿弥陀様が「汝(なんじ)を必ず救う」との誓い(本願)とそのはたらき(本願力)を南無阿弥陀佛のお名号にして、かねてから私に与え〔廻向(えこう)〕てくださっており、私がそのお名号(みょうごう)のいわれをしっかりといただく(聞き届ける、感じ取る)ことが、真実の信心であると教えられたものであります。
これはまさに先の諍論にある「阿弥陀様から給わった他力の信心」とのおこころを示されたものであります。
阿弥陀様は、私を救い摂ってくださるはたらきを南無阿弥陀佛の名号にして、今すでに私に与えてはたらきつづけていてくださるのであります。
このうえは、聞法とお念仏の日々を送る中で、そのはたらきに気付かせていただくことが本願力廻向の信心をいただくことであり、これこそが聖人のみもとに帰らせていただくことになるのであります。
ひとくち法話No172 ―聖人のおことば20― より
第173話 自身を深信する(じしんをじんしんする)
聖人の『愚禿鈔(ぐとくしょう)』に述べられていることばです。「自身を深信する」とは、わが身を深く信じるということです。「深く信じる」ということは、物ごとをよく見定めることです。私達はなかなか自分の本当の姿を見定めることができません。自分にとって都合よく見えるものに目が移ろっていきます。煩悩(ぼんのう)のまなこで物を見、自分を見つめているからです。
私達は教えに出遇うことによって、はじめて自分自身のほんとうの姿を知らされ、いろいろなかかわりの中で生きている自分自身が見えてくるのです。そのようなかかわりから解き放たれて、問題のない人生を生きることができると思っていたのは、自分勝手に思い描いたむなしい夢であったことに気付かされるのです。自分勝手なむなしい夢に自らも迷い、他をも傷つけていたことをはじめて知らされるのです。
そこに自分自身のあり方が見出されて、真実の世の中が開かれてくるのです。
『浄土高僧和讃(じょうどこうそうわさん)〔善導禅師(ぜんどうぜんじ)〕』
煩悩具足ト信知シテ(ぼんのうぐそくとしんちして)
本願力ニ乗ズレバ(ほんがんりきにじょうずれば)
スナハチ穢身ステハテテ(すなはちえしんすてはてて)
法性常楽證ゼシム(ほっしょうじょうらくしょうぜしむ)
〈口語訳〉
煩悩まみれであると感じ知って
本願の救いにまかせるならば
迷いの身からさめて
真実の世界にめざめさせていただく
ひとくち法話No173 ―聖人のおことば21― より
第174話 雑行を棄てて本願に帰す(ぞうぎょうをすててほんがんにきす)
この聖人のお言葉は、平成23年10月の真宗カレンダーの法語になっています。その頃私は、病院に入院中で、枕元にこのカレンダーを掛けていました。担当の若い看護師研修生から、「これはうちにもあります。言葉のわけを教えて下さい。」といわれたので、わかるようにと色々問答しながら、次のような話しをしました。私たち真宗の特色は、他力の教えです。他力とは、ご本尊の阿弥陀仏の本願力のことです。阿弥陀仏は私たちを煩悩具足(ぼんのうぐそく)の凡夫(ぼんぶ)と見抜かれて自力では悟りの開けない人々だから、ほとけさまの方から私たちの救いの道理を建立され、この道を歩めと呼びかけてくださったほとけさまなのです。この道とは「本願を信じ 念仏申せばほとけになる」という道です。聖人は長い間歩まれていた自力修行の仏道に行き詰っていた時、ちょうど師法然上人(ほうねんしょうにん)からこの阿弥陀仏の他力の救済の道を教えられ、わが身が凡夫であることに気付き、即座に自力修行は「雑行(ぞうぎょう)」であったと翻意(ほんい)して、本願に帰されたのでありました。このところを聖人は和讃の『愚禿悲歎述懐(ぐとくひたんじゅっかい)』で「他力の光に照らされてみると、私に真実の心なし虚仮不実(こけふじつ)のこの身には清浄(しょうじょう)の心も更になし」と反省し、また「浄土の行にあらぬをば ひとえに雑行と名づけたり」『善導讃(ぜんどうさん)第七首』とのべられています。
人間社会の生活なら、自力の努力で生涯通すことが当然でありましょうが、事ひとたび、浄土往生という後生(ごしょう)の一大事を尋ねる心が出てきたら、それは他力の教えを聞くほかないと教えてくださるのが真宗です。雑行を棄てるとは、自己否定に立つことです。そこに他力の白道(びゃくどう)が開かれます。自己否定のない、本願に帰す道はありません。
ひとくち法話No174 ―聖人のおことば22― より
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