高田声明公演に寄せて 法主 常磐井 鸞猷
真宗高田派の声明と云えば、一般には、在家の家々でも夕時に唱えられる「文類偈」がその哀愁を帯びた曲調で「文類さん」と親しまれ、派外にもよく知られています。寺院住職の唱えるものとしては、三重念佛和讃等がありますが、何と言っても、年に一度の報恩講に読誦する「式文」を中心とする「報恩講式」の声明が最も代表的なものでしょう。
高田声明は天台声明の流れを汲んでいますから、「伽陀」等は天台伝来のままを伝えていますが、「式文伽陀」は独自の節で歌われています。また「引声念佛」は第十代真慧上人が比叡山延暦寺から直接貰い受けられたと伝えられ、現在では高田にのみ伝承されるものです。
さて、「報恩講式」は、本願寺第三年覚如上人の製作で、その子存覚が高田に贈進し、以来高田本山寺院では本山を始めすべての寺院で報恩講にはこれを拝読する習いとなりました。本山では報恩講七日間の、毎日四回にわたる勤行のうち、初夜勤行を報恩講式の形通りに勤めており、第一夜(一月九日)に初段を法主(又は法嗣)が拝読、第二夜(十日)は第二段、第三夜(十一日)は三段を維那職(式務長)が代読、第四夜(十二日)は初段に返って法主(又は法嗣)が読み、第五夜、六夜(十三・十四日)は二段・三段を維那代読、第七夜(十五日)は全三段を通して法主(又は法嗣)が読誦します。今回の公演は、この一月十五日の三段通読の作法を、ホール形式で初めて公開するものであります。
式文は声明の部門の中では語り物に属し、後世の浄瑠璃音楽の祖型をなすもので、その曲調は一子相伝として伝えられて来ましたが、親鸞聖人歿後二百年の書写本に既に二重・三重の別が記され、四百年本には今日と変わらぬフシ型が附いていますから、“伝承五百年の響き”としても誤りのないものと思います。
その声明としての特色について、専門の研究者の記述を引用します。
高田派の講式は、その旋律の多様さにおいてきわだっている。もちろん日本声明に固有の「重」構造によっており、その「重」の変化が明瞭に唱え分けられている。第三段では、四種の「重」が現れ、そのうち三種までがそれぞれ中心音の上に短い5律(完全4度)と、しばしば延ばされる1律(短2度)の音が現れるが、最高音位の「重」では、この音程関係が変化し、中心音の上に2律の音が現れる。この際、直前に2律下降し、その音から上昇するため、4律(長3度)上昇が生じ、その響きが、きわめて強い印象を聴く者に与える。
「声明大系(法蔵館)」解説より
これは三段のみについての解説ですが、初段・二段にも、ほぼ通じて言えるものと思います。
ホールでの公演は、本尊に背を向け、参詣者(聴衆)に対面するという、御堂ではあり得ない形となって途惑いも多いのですが、お気附きの点は遠慮なく意見をお寄せ下さい。
ホールの中に於いても、聖人追慕の念・念佛讃嘆の思いを溢れさせることができればと存じております。
なお、本山での初夜勤行の装束は、色衣・五条・差袴が定格ですが、今回は特に、黒衣・墨袈裟・差袴という形式で行うことと致しました。これは一月十五日の初夜勤行後に勤められる後夜勤行(午後十一時より)の形を取ったもので、最も簡素な装束となります。